2010年 07月 21日
齋藤芽生 煩悩リサーチ記 |

昨夜から本所のウィークリーマンションを借り、リサーチ徹底している。
通えばいいのだけれど、それでは自分にとってはいけないと思った。
私は、「よその土地をさすらう浮遊感覚」を作品の動機にすることが多い。
大学近くのホームタウンと感じる距離感は消し、
遠いところからの旅人になることにしたのだ。
今日のブログは長いんで続きはmoreから。
今回のリサーチで決めたことは、
当初予定していた、すべての台東墨田エリアを一回下見するという予定を、やめることである。
そして浅草裏に絞った。
リサーチより先に作品のイメージを思いついてしまい、
どうしても今回は別の取材を削りたくなったのだ。
朝本所のホテルを出、墨田に繰り出しかけるが、やはり吾妻橋を渡り浅草に出る。
しばらく朝マックで時間をもてあまし、
浅草のどこをどう扱うか、取材するかつかみあぐねていた。
テプコ館の浅草文庫で資料閲覧し、浅草観音温泉で湯浴みし、
アミューズミュージアムで浮世絵でも見て、
時間あったら演芸でも見るか、というような予定も、
酷暑の中いちいち立ち寄る喫茶店のたびに、一つ一つ止めてゆく。
皆さん私はそんななか、カラオケなんぞに独りで行ってしまった。
あほだと思うでしょう。あほです。
しかも肩もみマッサージなどでも時間と金を使った。
何のために泊り込みで浅草潜伏してるのか!
しかしその無駄な時間の中で、歌いながら、肩もまれながら私は必死で、
自分なりの、自分にしかない浅草へのキーワードを探していたのだ。

このプロジェクトはもちろん観光促進が名目。
けれど、そう綺麗にみなの作品全部が、
観光的良点の中に作品が着地できるのかと言ったら、そうではないと思う。
私の作品はいつも風土への違和感、寄る辺なさ、寂しさに満ちていたいと思っている。
何でこんなにリサーチが難航するのかと言ったら、
そういういつもの私の世界を裏切ってまで、
うわべだけ「浅草観光」に加担しようと言う姿勢があったからである。
でもそんな無理はしないことにした。
大きい声では言わないほうがいいかも知れないが。

新たに今日たどり着いたキーワードは、
じつは、「閉塞感」(笑)。
老いた盛り場の閉塞感、だ。
浅草裏町をさすらえばさすらうほど、
フレンドリーな下町感覚などとは違う面に、
観光と言うものの裏側に、
たとえばビジネスホテルや連込旅館の奥底に潜伏しているであろう人生に、
興味が行ってしまう。
そういう人々にいちいちあけっぴろげな取材などするのかと言ったら、
そんなことはしたくはないのだ。
統計取るよな取材じゃしょうがない気がするからだ。
実際にそこに泊まり、潜伏し、自分の人生をその場に持ち込むのが一番だ。
逢引宿とかは協力者が必要だが・・・

他人の人生が咬みあいもせずずすれ違いもせず澱む定宿、
といった感じの、ある種のゆるさ。
よそよそしくも馴れ馴れしくもある、あの街の感じ。
すがれた性、忘れ果てた国籍、転がっているだけの人間関係、
そういうものもまた街の素顔なのだ。

その感じが出したいのだ、作品に。
観光とは程遠い。
でも自分の目の中の自分のための真実をだいじにしたい。
殺伐とした静かな静かなカオスに充ちてくれればいい!
作品が。
浅草駅地下街のあの陽の目を浴びない混沌みたいに。
もちろんカタログ等にはの説明には、別の書き方で書くでしょうが。
今日は喫茶店とカラオケボックスで考え事ばかりしていたな。
しかし明日の計画は立った。
浅草裏エリアの徹底的人間観察、メモ、スケッチをして、
架空の浅草住人・・・・あるいは定宿でごろごろする半住人などのプロトタイプを絞る。
浅草一帯の店の薄暗い明かり事情を取材。
ジガジガと点滅するネオンやら、黄色くくすんだ門灯やら。
作品は浅草半住人のための、アパート型マケットになる予定。
その住人を脳の中で作り、
彼らの潜伏する各部屋の明かりの色や具合、壁の色などをイメージする作業。
明日にやる。
by meishomonogatari | 2010-07-21 00:24 | 取材

